2026/03/27 15:07

私にとって、天然石やパールのアクセサリーは、単なる装飾ではなく、長い時間の中で生まれたものを身に纏う存在です。
17世紀の西洋画には、すでにパールが描かれています。絵には触れられなくても、そこに描かれたパールは、今私たちが手にするものと本質的に変わらない。何百年も前の人が身につけていたものと同じ種類の装飾を、今この瞬間に自分もできる——これは、静かで少し不思議なロマンです。

時間軸の長さ

流行は更新されます。デザインも、価値観も、消費のスピードも。 その中で天然石やパールは、ほとんど変わらない。人の手でゼロから作られたものではなく、自然の時間の中で形成されたものだからです。
数年で価値が薄れるのではなく、何十年・何百年単位で「同じもの」として存在し続ける。この時間軸の長さに、私は強く惹かれます。

個体差という価値

天然石やパールは、完全に同じものが存在しません。形、色、照り、わずかな歪み。すべてが一点ごとに異なる。
工業製品のように均一であることが価値ではなく、均一でないことに意味がある。その不完全さが、人の感覚に引っかかる「余白」になっていると感じています。完璧に整えられたものより、少し揺らぎのあるものに惹かれるのは、それが使う人の解釈や生活に自然と馴染んでいくからです。

主張しないという強さ

強く自己主張する装飾は、その瞬間は魅力的でも、日常では扱いにくくなる。 パールや天然石は、静かにそこに存在し、装う人を引き立てる側に回ります。
「気づいたら毎日身につけている」という状態は、意図して作るものではなく、素材の性質が自然とそうさせるもの。


結局のところ、私が天然石とパールに惹かれる理由は3つ。

  • 時間が経っても魅力が変わらないこと——数百年先でも、人がパールを美しいと感じる感覚は、大きくは変わらないと思っています。

  • 完全でないこと

  • 過剰に語らないこと

この3つが、私が作るものを選ぶときの基準でもあります。



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